2012/7/11中国料理について第3話中国八大菜系紹介

2012-07-11

(1)八大菜系の魯菜

  中国八大菜系のトップは山東料理と言える。山東料理の形成と発展は山東地区の文化歴史、地理環境、経済条件と習わしに絡んでいる。山東は我が国の古代文化の発祥地の1つである。黄河下流に位置し、気候が温和で、膠東半島が渤海と黄海の間に突き出ている。境界内の山と川が縦横にあり、川と湖が入り組んで、広い肥沃な平野があって、物産が豊富で、交通が便利で、文化が発達している。その食糧の生産量は全国の第3名に位置している。野菜の種類も非常に多く、品質が優良で、“世界の三大菜園”の一つと名乗られている。例えば、膠州のハクサイ、章邱のネギ、蒼山のニンニク、莱蕪のショウガは全て国内外に名を揚げられている。

(2)八大菜系の川菜

  四川菜系も歴史の悠久な菜系で、その発祥地は古代の巴国と蜀国だ。《華陽国志》の記載によると、巴国は“土に五穀を植え、家畜は六畜を備える”、そして魚と塩、お茶と蜂蜜を生産している。蜀国は“山、林、沢、魚があり、植物園の果物は四季節も取れ、物はなんでもある”という。その時の巴国と蜀国の調味料はすでににがりがあって、岩塩、四川胡椒、“陽質のショウガ”があった。戦国時代の墓地から出土された文物に、各種の青銅器と陶の食器はあって、四川菜系の芽生えはそれで一部を見られる。四川料理の形成はだいたい秦の始皇帝の統一してから三国鼎立の間に形成された。

(3)八大菜系の閩菜

  福建料理は昔から材料の選択が精密で、包丁の使用技術が厳しく、火加減を重んじ、調味のスープ、調味料及び味で勝負として有名だ。その料理の技巧は、四つの鮮明な特徴があって、第一は細かいところまでに入念する包丁の使用技術で薄切れ、切り、刻み等の包丁術を採用し、異なる性質の原料を用いて、味の浸透効果に達した。福建の包丁術は“茘のように刻み、髪の毛のように糸切り、紙のように薄く切れ”という名誉を受けている。例えば、冷菜の“ダイコンクラゲ”は、薄いクラゲを更に2~3枚薄く切れ切ってから糸に切り、同様な太さのダイコンの糸と合わせて炒め、冷えた後に調味料をかき混ぜてから出す。

(4)八大菜系の蘇菜

  蘇州料理はつまり江蘇地方味の料理で、江蘇は有名な調理師が集まっている地方だ。我が国の第一位の典籍に名を残した職業調理師と初めて調理師の名前で命名した都市は全てここにある。キジのあつものは帝王の食用に供え、彭国と賜れ、即ち今の徐州で、だから彭鏗と呼ばれ、別名は彭祖となった。夏禹の時代に、“淮夷貢魚”として、淮白魚は明清まで貢ぎ物となっていた。“料理のおいしいところは、その新鮮さにある”と言われ、商湯の時代に太湖のニラとカリフラワー等はすでに上品な席に登場した。春秋時代齊国の易牙氏は徐州で技術を授業し、彼に創立された“魚の腹がヒツジの肉を隠す”という料理は永遠に広く伝わられ、“新鮮”を根本とした。

(5)八大菜系の粤菜

  広東料理は広州料理、潮州料理、東江料理という三種類の地方味より構成された。広州料理は珠江三角洲、肇慶、韶関、湛江などの有名な料理を含んでいる。地域が一番広く、材料の使用が雑然で、材料の選択が精密で、技巧が優れ、変化が多く、特色を重んじて、甘くて薄くなく、新鮮であかぬけして、柔らかくなまくさいことがなく、油が多いのに油っぽくない。夏と秋には甘くことを求め、冬と春に濃い味を重んじ、小鍋で炒めることが得意で、火加減と油の温度制御をちょうどいいということに気をつけている。潮州料理は昔福建地方に属し、その言語と習わしは福建省の南部に近い。

(6)八大菜系の湘菜

  湖南料理はつまり湖南の料理で、湘江流域、洞庭湖地区及び湖南西の山地などの地方料理からなされた料理だ。湘江流域の料理は長沙、衡陽、湘潭を中心とし、湖南料理の主な代表だ。その製作は精密で、用いる材料の範囲が広く、品種も非常に多い。その特徴は油が多く、色が濃く、実際の量を重んじる。味にはから揚げ、酸辛と柔らかいことを重んじている。湖南料理は香・酸・辛に優れ、濃厚な山村の特徴を持っている。湖南料理の歴史は悠久で、漢朝には既に菜系になされ、料理の技巧はかなり高い。

(7)八大菜系の浙菜

  南方菜系は杭州、寧波、紹興という三種類の地方特徴料理を代表として、より早く有名になった。浙江菜系の歴史もかなり悠久だ。昔、都の人は南に来て店を開き、北方の料理方法で南方の豊富な原料をおいしい料理を作り上げ、“南の材料を北方の作り方で料理する”ということは浙江料理の大きな特徴になった。例えば、昔南方人の好みは甘いものに偏らなかったが、北方人が南に来た後に、南方人の好みに影響を与え、料理の中に砂糖を入れることになった。?京(開封)の有名な菜系としていた“甘酢黄河鯉”が臨安(杭州)に伝われてから、魚を原料として、浙江料理の有名な料理としての“西湖酢魚”は作り上げられた。

(8)八大菜系の徽菜

  安徽の南の徽州料理は安徽料理の主な代表で、黄山麓下の歙県、つまり古代の徽州から起源された。その後、新安江畔の屯渓鎮は“祁紅”“屯緑”という銘茶と徽墨、歙州硯などになる特産物の集散中心になったため、飲食業は発達になって、徽州料理の重点は次第に屯渓へ移転し、ここで一層発展された。宋高宗はかつて学士汪藻氏に歙の味(おいしいもの)を聞くと、汪藻氏は梅聖兪氏の詩を挙げ、“雪天の牛尾狸で、砂地の馬蹄スッポン”で答えた。牛尾狸とはつまりハクビシンのことで、別名は白額だ。徽州料理の料理技巧は焼くこと、煮込むこと、蒸すことに優れ、強火の早炒め、炒めはわりに少なく、油、色、火加減を重んじている。

2012/7/11ねぶた祭り期間店前観覧席用意しますよ(^O^)

2012-07-11

いよいよ青森のねぶた祭りですね、今年も期間中に食事来るのお客さんに観覧席を用意致します。

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